2002年10月15日火曜日

〔再録〕デフレ対策はマルクスに聞いてみよう!

閉鎖される旧HPの収録物から面白いのを発見。再録:


2002.10.15


日経新聞を読んでいて久しぶりにマルクスに出会いました。「やさしい経済学」(10月3日から11日まで7回連続)で根岸隆先生がマルクス理論(搾取利子説)の解説をしてくださっていたのです。とてもわかりやすくて勉強になりました。もっと前にこういう説明を聞きたかったです。マルクスはやっぱり天才だったと改めて認識しました。

私が最初に読んだマルクスの『資本論』は実に親父の蔵書でした。父は学校には行かなかったのですが、興味はあったようです。どれだけ理解したのかは不明ですが、「搾取」という概念にはとても敏感でした。雑稿「父のこと」でも書きましたが、田舎から出てきてサラリーマンになったものの、月給取りでは搾取されるだけと言って独立し洋服店を始める。でも洋服店は服地卸業者から搾取されていると判断し、今度は卸売業に転進。さらに卸売業者もメーカーに搾取されていると感じてメーカーの経営を始めるといった具合でした。

その父が一度デフレとインフレについて説明してくれたことがあります。「デフレは月給取りに有利、インフレは商売人に有利」というのです。当時生意気だった私は「そんなことはないでしょう。経済学理論ではデフレもインフレも実体経済に対してはニュートラルなはずです」と一笑に付しましたが、いま根岸隆先生のマルクス労働価値説(搾取利子説)は現在価値と将来価値の概念を入れて吟味しないといけないとのご説明に目から鱗が落ちた気分になりました。根岸先生はそこまで敷衍されてはいなかったのですが、マルクスならデフレとインフレをどう説明したのだろうと、俄然興味が出てきて鉛筆で数字を書き散らしてみました。実に驚きましたが、マルクス理論で完全に現在のデフレが経済に及ぼす悪影響が説明でき、その対策まで提言できることがわかったのです。これはノーベル賞ものですな。

まず基本前提を根岸先生が提示された一番単純なモデルとします。つまり労働力と小麦だけからなる経済を想定。100単位の小麦を前貸しして労働力と交換しそれを小麦生産に投入すれば、1年後に200単位の小麦が生産できるものとします。前貸しした資本100単位を回収した後に資本家の手元には剰余生産物100単位が残ります。資本100単位に対して剰余価値が100単位ですから、剰余価値率(搾取率)は100%、利潤率も100%となります。

勿論マルクスは実質ベースで議論しているので価格変動は考えていません。そこで一年後には生産物(小麦)の価値は半分となると仮定しましょう。一年後に生産できる小麦200単位の現在価値は100単位ということになります。労働者に払った100単位の前貸し分を回収すると剰余価値率(搾取率)はゼロ%になってしまいます。資本家は資本を生産活動に投下することは止めてタンス預金に走ることとなり、経済活動は当然停滞します。これがデフレです。

逆に一年後に生産物(小麦)の価値が2倍となると仮定しましょう。一年後の生産物の現在価値は400単位。労働者に払った前貸し分100単位を回収した後の剰余価値は300単位。剰余価値率(搾取率)は300%になります。当然資本家はあらん限りの資本を生産活動に投入し儲けようとしますので経済は活性化します。これがインフレです。

本来価格とは貨幣と商品の相対比率でしかなく価格変動は実体経済に対してニュートラルなはずですが、どうしてこのようなことになってしまうのか。これは、すでに慧眼の持ち主はお気づきだと思いますが、上記いずれの場合も労働者に対して支払う前貸し分が同じ100単位ということです。賃金水準には下方硬直性があり、さらに賃金水準の変動は物価変動に対して遅行しますのでどうしてもこういうことになるのです。親父が言った「デフレは月給取りに有利、インフレは商売人に有利」という警句がマルクスによって裏付けられた感じです。やはり親父は偉かった。

ここまで見てくると、現在日本を覆っているデフレの悪影響をいかにして消滅させうるか、政策インプリケーションが明らかになってきます。それは賃金水準を物価水準に速やかに柔軟に合致させることなのです。そうすることによって剰余価値率は昔の正常な水準に戻ることになり投資活動は再開されるのです。この柔軟な賃金決定システムはインフレ状況下においても剰余価値率を一定に抑えますのでバブルの発生も未然に防ぎます。

上記のモデルは単純モデルで小麦の生産しか考えていませんが、現実に日本経済を一つの産業として考えた場合、低生産性部門への過剰報酬が上記のデフレ下における小麦労働者への過剰支払いと同じ悪影響を経済にもたらしていることが分かるでしょう。生産性に応じて公平に配分することがきわめて重要なのです。それを可能にするシステム作り、これが構造改革です。マルクス理論に基づいて社会作りをしたソ連共産党は「働かざるもの食うべからず」と言いました。「生産性に応じて賃金を払う」と言う意味で、マルクス理論に乗っ取った正しい政策です。いまの日本に必要なのはこういう「骨太の」経済政策なのです。

マルクスは常に新しい!